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羽田空港航空機衝突事故対策検討委員会(2)

4月19日の投稿の続きとなります。前回は、同員会の座長をされている早稲田大学理工学術院の小松原教授が『事故再発防止対策立案への考え方 ―羽田空港航空機衝突事故対策検討委員会「中間とりまとめ」を例にして―』と題して講演された内容の一部をご紹介させていただきました。

「事故の再発防止」は墓石安全であり、リアクティブな取り組みだが、今回の事故を踏まえて明らかになったり懸念されることとなったリスクに対して対策を取ることは、当該事故の直接的な再発防止にならなくても、より一層の安全確保につながるもので、先取り安全、プロアクティブな取り組みになる。私は、そのように解説させていただきました。

講演で小松原先生は、次のような仮想事例をあげて説明されました。

病院で看護師が患者の体温を測り、その数値を読み取り、メモへ手書きし、システム(電子カルテ)へ入力するプロセスの中でエラーをした。システムに入力された誤った数値に基づき、不適切な処置が実施されてしまった。

この場合、システムへの入力間違いが原因であれば、メモの字が読みづらかった、業務繁忙で焦っていた、チェックに抜けがあった、システムの画面が見にくかったなど、さまざまな要因が出てきますが、それらについて、再発防止をしようとすると、それぞれの要因に対してたくさんの対策が出てくることになります。

そこで、小松原先生は、I再発防止に拘泥するのではなく、より安全になれば良いのだと考えれば、「体温計と電子カルテを連結すれば良い」と説明されました。

少しテーマから外れますが、この考え方は、私たちが現在、会社で取り組んでいる「カイゼン」(トヨタ生産方式におけるカイゼン)と同じです。カイゼンは、すべての業務はプロセスで成り立っているとし、そのプロセスを細かく分解して、その1つひとつの必然性をとことん追究します。その結果、プロセスに内在しているムダが明らかとなり、それを取り除くことで最もムダの少ないプロセスを標準化します。その際、現状のプロセスは8割~9割はムダだと考えるのが基本です。プロセスの中で、付加価値を生むものが「働き」であり、付加価値を生まないものは「動き」(ムダ)であると定義するのですが、車の生産ラインにおいてタイヤを取り付けるプロセスについては、タイヤがガチっと締め付けられたその瞬間だけが「働き」であって、タイヤを運んでくること、ボルトにはめること、ナットを回すことのすべてが「動き」だと捉えます。

上記の患者の体温測定の例では、数値を読み取る行為、メモに書く行為、システムへ入力する行為が「動き」です。私たちが普段行ってる仕事や作業のプロセスでは、この「動き」に分類されるプロセスが圧倒的に多く、労働災害も「動き」の中で発生することが多いわけですから、「動き」を徹底的に取り除いたプロセスがより安全だと理解することができます。

話しを戻しますが、小松原先生がご指摘になられているとおり、再発防止に拘泥して、再発防止対策を導き出すための要因分析の型に縛られると、本質的な対策に行き着かず、絆創膏処置(パッチあて)的な対策(しかも、その数が多い)が立案されてしまうという落とし穴があります。勿論、要因分析で理想的な根本原因へ掘り下げていくことができれば良いのですが、体温測定の例でいうと「体温はメモに書いてシステムへ入力する」が当たり前になっていると、その行為がムダだと自分たちで認識することは容易ではありません。

さらには、過去に体温計の値を頭で記憶してシステムへ入力していたためにエラーが起きたという背景があれば、「メモに書いてからシステムへ入力する」が対策になっている可能性があり、一旦立てた対策を否定することは難しいものです。また、再発防止に拘泥する場合は、何か問題が起きなければ現状が維持されてしまいます。体温測定の例では、過去には体温計とシステムをつなぐという技術がありませんでしたので、それを発想することはできなかったはずですが、デジタル技術が進展して新しい技術が使えるようになっても、問題が起きるまではその新しい技術を使おうという発想には至りません。

このように考えると、過去に立てられた対策、導入された仕組みは、今はもう時代遅れで、当時の技術ではできなかったことが、今の技術なら容易に実現できることはたくさんありそうです。そのような点からも、実際に起きた事故の当事者として再発防止を検討することは勿論大切ですが、他所で起きた事故を他山の石として、今の仕組みを見直すことでより安全にするという取り組みが求められます。

さて、滑走路における衝突事故の未然防止対策についてですが、滑走路への誤侵入という事象は頻繁に発生しているものではありませんが、そのリスクは認識されており、これまでは「残存リスク」として関係者の注意に委ねられてきたそうです。しかし、今回の事故を踏まえ、より一層の安全を目指して、小松原先生の委員会は検討を重ね、いくつかの提言をされました。主なものは、

・CRMの強化

・滑走路状態表示灯の導入

・滑走路占有監視支援装置の強化

などですが、これらは、①危険な状態に入れない・入らない、②入ってしまったらすぐに気づく、気付かせる、③離脱する、離脱させる、という3段構えの対策になっています。

しかし、どれだけ対策を施しても、残存リスクをゼロにすることはできず、最終的には関係者の努力と注意に委ねられる部分が残ってしまいます。かといって、「注意しろ」というだけでは対策にはなりません。その点においても、CRMという具体性を持った施策を導入し、徹底することが不可欠となります。

 
 
 

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