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EXPERT(エキスパート)

12月の安全シンポジウムの際、お世話になっているある方から『EXPERT』という本を紹介いただきました。

著者はロンドンの名門大学で教授を務め、外科教育の専門家であるロジャー・ニーポン氏。

同氏は外科医から総合診療医に転じ、それから教育者となった経歴があり、プライベートではチェンバロの製作と演奏や飛行機の操縦などにも熱心に取り組むなど、極めて多彩な才能を持った方です。

『EXPERT』は、同氏の医師としての体験に加え、剝製師、仕立て職人、楽器製作者、ヘアスタイリスト、マジシャン、ピアニスト等々、多様なエキスパートとの交流を通じて、職人が熟達していく過程の共通性や、その過程の重要性が解説されています。

それは、昨今の効率や即効性に目が向きがちな風潮への警鐘でもあります。

職人の見習いから始まり、達人となるまでの過程を、

・見習いとして経験を積む

 (ひたすら繰り返す、感覚を研ぎ澄ます、空間を整える、失敗を経験する)

・職人として高みを目指す

 (自分から他者へ、自分の声を育む、即興を学ぶ)

・達人となり教える

 (新たな道を拓く、伝える)

という章立てにより詳細に検証され、意味づけされています。

残念ながら、私は火力発電所の発電員(運転)として、エキスパートと呼べる域には達しませんでしたが、ロジャー・ニーポン氏の考えには賛同、納得する点が多くありました。

それらのなかで、今回は「失敗を経験する」について触れさせていただきます。

同氏は、「挑戦と失敗がなければ熟達もない」としています。

見習いの段階の失敗は織り込み済みで、親方や先輩がリカバリーしてくれますいが、独り立ちすると自分自身で責任を持つことになります。その段階に達して、さらに成長するためには、自分自身の能力の限界を押し広げる必要があり、そのためには「できるかできないかわからない仕事に挑戦するしかない」としています。

これらのことは、危険体験やシミュレータでの失敗体験では不十分だということを示唆していると考えられます。

また、「失敗に向き合うというのは、期待を裏切ってしまった相手と向き合うことでもある」としています。

文教大学の長谷川尚子先生は、現場の実務者を対象に「安全意識や行動の改善につながった経緯」を調べた結果として、「自分や身近な人、あるいは自分の担当現場で事故やトラブルを経験した場合」が約6割を占め、「指導的立場になった」が約2割で、「安全に関する教育・事故学習」はたった3%でしかないこと、また自分の責任が重い、あるいは社内外へ多大な迷惑をかけたと認知するほど重く受け止め、安全意識や行動の改善につながることがわかったと報告されています(2024年4月6日の投稿)。 このことからも、失敗の経験と、自らの失敗により期待を裏切ってしまった相手と向き合うことが成長に大きく寄与することがわかると思います。

しかし、今日の社会では、失敗経験を忌み嫌い、失敗をさせないように育てます。

そのまま大きな失敗をすることなく社会生活を全うすることができればよいのですが、ある程度責任を有する立場になったころにちょっとした失敗をすると、それが成長へつながらず、メンタル的にダメージを受けてうまく回復できないというケースも増えてしまいます。

宮城学院女子大の大橋智樹先生は、「計画された失敗経験」の導入を提案されています。教育・訓練のなかで失敗を計画し、ステークホルダーと共有しておき、その計画の範囲であれば失敗とはみなさないことにするというものです。

失敗に留まらず、心に傷を負うさまざまな体験は成長には必要です。ロジャー・ニーポン氏は、熟達には時間がかかるプロセスを経る必要があるが、即効性を求める現代の風潮とは相容れないと懸念を示しています。イギリスを含む世界の各地で、熟達への道を支える条件が危機に瀕しているというのです。あらゆることを急がせる圧力、カリキュラムの幅を狭めてきた学校教育、長期的な価値より目先の利益を優先する思考などを原因として挙げていますが、日本もまったく同様です。

この先の日本が、いや世界がどうなってしまうのか不安が募ります。

そのようななかで、ミラノ・コルティナ五輪における選手たちの躍動と活躍は、熟達の最高峰を見ているような感動があります。その裏には、4年に一度という五輪ならではの制約が、さまざまな苦難や屈辱を生み、それが選手の成長と熟達を支え、人々に勇気や希望を与えることにつながっているような気がします。

 
 
 

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