日本航空123便事故から40年
- 代表 榎本敬二

- 8月13日
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8月12日、日本航空123便事故から40年を迎えました。
40年という節目ということもあり、さまざまなメディアで取り上げられています。この事故を風化させないためにも、折に触れてこの事故のことを振り返ることは大切なことだと思います。 この事故の原因については、自衛隊の関与が疑われるなど、さまざまな情報が交錯したままであり、真相究明を求める動きが続いています。 40年前のことであり、今後、新たな事実が出てくる可能性と出てこない可能性は半々でしょうか? 一方で、40年前と今ではさまざまな点で(例えば、国内事情、日米関係を含む世界事情などなど)違いがあり、新たな事実が判明してもそれを踏まえた新たな対策はすでに必要ないかもしまれませんし、反対に、今後の世界情勢によっては新たな懸念が生じるかもしれません。 だから40年前の真相を明らかにすることはもうやめよう、というつもりはありませんが、40年という節目を迎えて考えることは、世界の、そして日本の航空分野の安全は高まっているのだろうか?ということです。
自然災害については、阪神淡路大震災を機に、以降、各地で発生した災害を踏まえて、墓石安全的な面はありながらも、さまざまな進化が見られます。たとえば、阪神淡路大震災の時には、自衛隊が自らの判断で勝手に部隊を動かすことができず救助が遅れました。このような制度面の問題は改善され、以降、消防についても広域防災などの仕組みも整備されてきました。また、防災に加え、減災という視点も重要視されるようになっています。そして今日、防災庁の設置が進みつつあります。
一昔前は、起きてはいけない惨事に対して、あらかじめ備えるということが憚られるような風潮もあったと思いますが、次々と起きる自然災害については、そんなことを言っていられる状況ではなくなりました。自然災害は起きてしまうものであり、被害をいかに少なく小さく留めるかが重要だという社会的な理解が定着したと言えるでしょう。 では、航空機事故はいかがでしょうか? 「航空機事故は起きてしまうもの」という発言も考え方も到底認められるものではないでしょう。しかし、だからといって事故に備えるということを高度化していく必要はない、ということではないと思います。
昨年1月に起きた羽田空港での衝突事故では、双方の機体が全損しましたが、日航機側についえは乗務員たちの素晴らしいレジリエンス力の発揮によって、人命を失う事態を回避することができました。このレジリエンス力が十分に発揮できていなかったら、多くの人命を失うことになっていたかもしれません。
空港には専用の消防車両が配備されています。しかし、機体内に人がいる状態にあっては、消火作業の方法には限界がありそうです。たとえば、新たな設備として、大容量泡放水砲のような大掛かりな装置が配備され、緊急時に速やかに準備できたとしても、それは使えないかもしれません。 かといって、新たな事故対応設備の開発、配備を諦めてしまうのは勿体ないと思います。
現代の技術とそのさらなる可能性を生かし、多様なかたちで甚大な事故から一人でも多くの命を救う方法を生み出していくことが重要なのではないでしょうか?
その技術は、航空機事故のみならず、避けることができない自然災害においても役立つものに違いありません。
日本航空123便の事故を決して風化させることなく、今の技術なら、そしてこの先の技術なら、何ができるのかを考えること、それは今を生きる私たちの役割なのではないでしょうか?
この事故で犠牲になられた方々のご冥福を祈り、人生を変えられた方々の40年間に敬意を表しつつ、これからの安全の着実な進歩を願ってやみません、

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