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川崎汽船研修所「事故事例研修」-2


 ヒヤリハットの報告・活用の制度はさまざまな産業の現場で運用されています。『ストーリーで学ぶ安全マネジメント』の中では、主人公の安田専一が従前から運用されていた制度を、「ヒヤリハットは事故の芽ではく良好事例である」というSafety-Ⅱの考え方に基づきリメイクを行いました。また本書では詳しい内容を記載してありませんが、航空界のASRS(航空安全報告制度)については業界全体で安全報告制度を運用していること、運輸安全マネジメント制度において、鉄道、自動車、海運の分野でもその活用が推奨されていることなどを紹介しました。しかし、どの業界においてもヒヤリハットをはじめとする安全情報は文書(書面)で共有されてきました。

 このようななか、川崎汽船研修所では、文書による安全情報の共有には次のような問題があると懸念を抱きました。①意識の向上が一時的(同じことをしたら大変だから気をつけようという意識の向上は一時的なもので終わる)、②効果の持続が困難(自分はそんなミスをしないというように対岸の火事視してしまい、効果が持続しない、③年月の経過と共に事故が風化(事故に関与した人が、現場あるいは前線からいなくなると事故が風化していく。

 そこで開発されたのが操船シミュレーターを活用した、体験型の「事故事例研修」です。この研修は4段階のステップで構成されています。まずステップ1として、事故当時の航路、地点で当時の航行状況(気象、海象、周辺航行船舶等)を再現し、ブリッジの人員配置も当該船と同じにして操船を行います。この時、どのような事故事例だったかは説明されていません。「研修」という意識もあるのでしょう、慎重に操船しますので何事もなく終了することもありますが、録画ビデオを再生して振り返りを行い、指導員が受講生たちの言動、行動についていくつか質問します。つぎに操船シミュレーターで事故を再現しますが、その際、事故時に録音されたブリッジの音声記録もシミュレーターに同調して流されます。このステップでは受講者たちは傍観者の立場で再現される状況を見るだけです。ここで初めて事故の概要が説明されますが、事実を伝えるのみで、事故の要因や再発防止対策については触れません。3つ目のステップで、受講者たちで事故の分析を行い、その要因、事故防止対策を議論してまとめます。この時点で、ステップ1で何事もなく操船できていたとしても、自分たちの言動、行動、チームワークには何らかの問題あるいは不足があったことに気が付きます。その上で4つ目のステップとして、もう一度シミュレーターで操船し、自分たちが立てた事故防止対策の有効性を検証します。

 このステップを踏むことで、「自分はそんなミスをしない」と対岸の火事視していた受講者も、事故に至った背景、事象(好ましくないこと)の連鎖などに気づき、深く学ぶことで、「もしかすると自分も同様の事故を起こすかもしれない」と自分事として受け止めることができるのです。

 また、この研修を行うことで、すでに立てられている事故防止対策の有効性も検証することができ、不足や不備があれば対策の見直しをすることもできます。

 ちなみに、この研修に用いられる事例は、同社が運航する船で実際に起きたものを題材としているほか、操船シミュレーターは同社が独自に開発した最新式のものであることを付け加えておきます。

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