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レジリエンスエンジニアリングとSafety-Ⅱ

執筆者の写真: 代表 榎本敬二代表 榎本敬二


野球など得点を競うスポーツの試合で勝つためには、点を取られない(与えない)ようにするとともに、点を取らなければなりません。失点は望ましくないことで、得点は望ましいことです。また、プロであってもエラーはしますから、たとえば内野手がエラーをしても外野手がカバーすることで失点を抑えることができます。エラーは望ましくないことですが、カバーの成功は望ましいことです。産業の現場では、失点は、失注は勿論のこと、事故や不祥事もこれにあたります。得点は受注や生産性の向上ということになりますが、降りかかってくる問題を解決したり、回避したりすることも該当します。

墓石安全も、未然防止(予防安全)や本質安全化も、基本的には事故やエラーなどの望ましくないことを減らすという視点です。しかし、安全を獲得するという勝負に勝つためには、野球と同じように、望ましいことを増やすことも必要です。エラーをカバーして事なきを得る、降りかかってくる問題に適切に対処して被害を食い止めるといったことを増やさないと勝利できないのです。

レジリエンスエンジニアリングの提唱者であるエリック・ホルナゲル氏は、前者(望ましくないことを減らす安全)をSafety-Ⅰとし、後者(望ましいことを増やす安全)をSafety-Ⅱとする新しい安全の考え方を発案しました。この考え方は、墓石安全から今に続く安全の捉え方や取り組みに閉塞感や限界を感じていた人たちにとって、目からうろこ的なインパクトを与えました。人はエラーをする、機械は壊れるという大原則の下では、エラーを完全になくすことも、機械が壊れることを防止することも不可能です。機械システムや社会のシステムが複雑化、多様化する今日では、さらに困難なものとなっていますし、激甚化、多発化、長期化する自然災害の驚異に対し、防災から減災へと発想の転換が求められるなかで、Safety-Ⅱの考え方は大きな希望だと受け止められたようにも思えます。

しかし、ここで2つの大きな疑問が生じて混乱を招きました。その1つは「Safety-ⅠからSafety-Ⅱへ転換する、すなわちSafety-Ⅰを捨ててSafety-Ⅱに切り替えるべきか?」という疑問であり、もう1つは「具体的にSafety-Ⅱの取り組みは何をしたら良いのか? Safety-Ⅱが新たな発想であれば、その取り組みにも新たな何かが必要ではないか?」というものです。結論を先に言ってしまえば、この2つの疑問はまったく気にすることがない問題です。

本書の中でも紹介しているとおり、ヒヤリハットを事故の芽と捉えて、同じようなヒヤリハットを減らそうとすればSafety-Ⅰとなりますが、ヒヤリハットはグッドジョブだと捉えて、グッドジョブを増やそうとすればSafety-Ⅱとなるからです。ヒヤリハット報告の取り組みは古くから日本の様々な産業の現場で実践されてきましたし、グッドジョブの取り組みもSafety-Ⅱが提唱される以前から始まっていました。あえてお叱りを受けることを覚悟の上で述べれば、ヒヤリハットやグッドジョブの活動とその成果、さらに社会のいたるところで自然体で(特別なことではないように)行われている素晴らしい行為の数々を踏まえて、Safety-Ⅱという考え方(理論)が整理されたと考えればよいのではないでしょうか?

Safety-Ⅱは新しい安全の捉え方ではありますが、実は、私たちは以前からSafety-Ⅱに取り組んできたのです。(つづく)

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