top of page

異業種交流 安全研究会のなりたち

異業種交流 安全研究会(当初は鉄道安全研究会)は、2005年4月25日に発生したJR西日本福知山線列車事故がきっかけとなり、当日JR東日本で運転士をしていた、西村司さんによって立ち上げられました。

あの事故からまもなく17年が経とうとしています。

事故の1年ほど前、当時私が勤務していた火力発電所へ、JR西日本の若い運転士のみなさん数名が訪ねてこられました。同社の自己啓発支援制度を活用し、若いメンバーで安全の勉強会を立ち上げ、終業後に集まって研さんをしているとのことでした。

「今のままでは、いつか大きな事故が起きてしまう。変えていかなければならない」という危機感が、彼らの言葉から伝わってきました。

どこの会社も大きな事故を起こすリスクを抱えています。私が勤務していた発電所も同じでした。しかし、私の周囲にも、またそれまでの私の会社生活の中でも、若手が危機感を持って会社を変えていこうと行動している例はありませんでした。

当時、私たちはそれほどまでの危機感はありませんでしたが、時々起きるヒューマンエラーを何とか防ぎたい、減らしたいと考え、その頃航空界で成果を上げていた、CRM(クルーリソースマネジメント)を参考にしようと考えていました。

幸いなことに、日本エアシステム(当時)は、同社のホームページのなかでCRMについて詳しく解説しており、同社を訪ねることで、様々な情報を開示していただけました。

私たちよりも少し先行して、JR東日本の西村さんは、日本エアシステムと交流を深め、運転士のためのCRMの開発に取り組んでおられました。そして、JR西日本の若いメンバーも日本エアシステムからCRMを学んでいました。

同社がつなぎ役となることで、JR西日本、JR東日本、私たちは知り合うことができ、上記のとおりJR西日本の若いメンバーが火力発電所へ訪ねてこられたのです。

残念なこと、彼らの活動が実を結ぶ前に、2005年の事故が起きてしまいました。そして、それは彼らがイメージしていたものよりも、はるかに衝撃的な事故であったと思います。

「彼らはどんな辛い思いをしているのだろう」彼らの悔しい思いが伝わってくるような感覚がありました。

西村さんは、私以上に彼らのことを思ったに違いありません。また、大いなる危機感も抱かれたことでしょう。西村さんは、日本エアシステムのCRMを通じて知り合ったメンバー数人に声をかけ、「鉄道安全研究会」を立ち上げられました。

「同じような事故を二度と起こさないため、会社や業界の垣根を越えて安全について学びあおう」そんな思いが込められた研究会が活動を開始したのでした。


閲覧数:26回0件のコメント

最新記事

すべて表示

客室乗務員の相互確認

旅客機の離陸前に「客室乗務員は、ドアモードをアームドに変更してください」というアナウンスが行われます。このモード変更を怠ると、緊急時に脱出スライドが展開しません。 2008年5月に宮古から那覇に到着したB737型機において、前方右側ドアの脱出スライドが展開しない状態となっていたことが確認されました。出発時に客室乗務員がモード変更を忘れたことが原因です。 アームドに変更するということは、ディスアーム

福知山線脱線事故から19年

2005年4月25日に発生した事故から19年が経ちました。事故現場では追悼慰霊式が行われ、遺族、被害者、JR西日本の幹部らが祈りを捧げました。 JR西日本の安全性向上対策は今どうなっているのかを検証する記事がありましたが、まだまだ道半ばとはいえ、19年の長きにわたり取り組みを続けていることに、まずは敬意を表したいと思います。悲惨な事故を二度と起こさないために、今も現場で頑張り続けている方たちがいま

Comments


bottom of page