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執筆者の写真代表 榎本敬二

産業・組織心理学会(産業安全への生成AIの活用)

6月1日に産業・組織心理学会が主催する第153回部門別研究会にオンラインで参加させていただきました。テーマは「産業の安全性向上に生成AIをどう活かすか」。コーディネーターは私がいつもお世話になっている宮城学院女子大学の大橋智樹先生です。

この研究会のご案内をいただいた際、テーマを見て最初はピン!と来るものがありませんでした。私自身が生成AIを使っていないということもあるのでしょうが、産業安全に生成AIが活用できるのか? どんな場面で使うのだろう? そんな疑問が頭に浮かぶだけで、その可能性をまったくイメージできませんでした。しかし、chatGPTに代表される生成AIは目覚ましい速さで進歩していますから、これを産業安全に活用することは、もはや必然と言えそうです。

研究会では冒頭に大橋さんがこのテーマの設定趣旨を説明された後、ご自身らが研究開発中の生成AIを活用したリスク把握アプリについて紹介されました。このアプリは、18のリスク項目を入力すると当該作業のリスクの点数が算出されるもので、今後は過去の事故やトラブル事例のデータベースと連携させることで類似の環境で発生した事例を参照できる機能や、 ⼊⼒した情報を蓄積することで継時的な変化を分析できる機能、生成AIによるサジェスト機能を実装していくとのことです。こうすることで、⼈間の先⼊観によらないリスク評価が可能となり、作業責任者の⼒量によらずTBḾの充実度を⼀定の⽔準以上に保てつことができるとともに、作業責任者の判断、リスク指標に基づく判断、⽣成AIによる判断の3種の情報を使うことで、作業責任者の力量を高めることができると期待されます。

ちなみに、18項目の半分は天候に関するもので、天気、気温、熱中症指数、風速、降水確率などですが、残りの半分は作業員の人数(前日からの増減)、経験年数が少ない者、高齢者、外国人の人数、作業場所(地上か高所か)、充電部接近・活線作業か否か、作業時間などです。このアプリは、タワーライン・ソリューションという送電線の建設・保守を行う会社と共同研究が行われているもののため、現状では作業対象が限定的になりますが、今後の進展がとても楽しみです。

福井県立大学の藤野秀則先生は、「ヒヤリハット等の報告を支援するAIインタビュアエージェント構想」と題して、現在取り組んでおられるテーマについて紹介されました。ヒヤリハット等の報告をAIが当事者から聞き取るという発想です。

私が根本原因分析(背後要因分析)手法について研修を受けたり、あるいは実際に分析作業を行って実感したことは、的確な分析を行うためには、分析手法を理解しているだけではダメで、インタビューを上手に行い必要なことを的確に聞き出す(相手に過大な心的ストレスを与えることなく)コミュニケーションや対人スキルに加え、事故やトラブルが起きた作業についても一定レベルの知識が必要だということです。しかし、現実にはこれらの3つの知識やスキルを持っている人は、現場にはまずいません。また、分析を社内で行う場合、第三者的な部署の人物が中立の立場でインタビューと分析を行うことが望ましいのですが、その時点では直属の上司・部下の関係になくても、以前に同じ職場で仕事をしていて面識があったり、その第三者的な部署が普段は指導的な機能を有している場合などでは、恥ずかしい、人事評価に影響があるかもしれない、怖いなどの気持ちが抵抗感となり素直に報告することができなくなります。

その点、相手がAIであれば、そのような抵抗感を低減できると期待できるほか、顔の表情や声のトーンを読み取る技術が応用できれば、虚偽の報告を判別したり、相手の心的負荷を読み取って極度のストレスをかけずにすむような配慮もできるかもしれません。

現状では、クラウドに上がっているヒヤリハットを含めた事故やトラブルの情報が少ないため(あっても断片的な情報が多い)、大橋先生や藤野先生のシステムを社会実装していくためには、同時併行でヒヤリハット等の情報を蓄積していく必要がありそうですが、情報の蓄積と生成AIの分析データの蓄積が好循環を生むことで飛躍的な進歩につながることを期待したいと思います。

先日報道されていましたが、近年社会問題化しているカスハラ対策として、電話対応をするカスタマーセンターで働く人の心的ストレスを軽減する生成AIの研究も進んでいるそうです。その1つが、お客からの厳しい口調の電話をリアルタイムで優しい口調に変換するというもの。生成AIは産業安全や働きやすさを高めるために今後ますますその活用が進むものと思います。一方で、生成AIによって仕事を奪われる場面が出てくるのも事実でしょう。人間と生成AIの共存というか、人間のための生成AIとして発展していくことを願ってやみません。

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