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東海道新幹線 保守用車の脱線事故について

7月22日に東海道新幹線の豊橋駅~三河安城駅間で保守用車脱線し、浜松~名古屋間が始発から運休し、復旧が翌23日になるという事故がありました。この事故の原因と対策について、8月5日にJR東海が公表していますので、内容を見てみたいと思います。


この事故は、7月22日3時37分、豊橋駅~三河安城駅間上り線において、東京方面の豊橋保守基地に向かう途中の保守用車(軌道モータカーに牽引された6両の砕石運搬散布車の編成)が、合流するために待機していた別の保守用車(マルチプルタイタンパ)に衝突し、砕石運搬散布車編成とマ ルタイの一部車軸が脱線したというものです。

事故現場は20~15‰(パーミル)(水平1mに対して垂直方向に20~15mmの勾配)の下り坂です。ちなみに、20‰の勾配は東海道新幹線では最大とのことです。

6両の砕石運搬散布車は、名古屋側2両、東京側1両の軌道モータカーで牽引されたおり、運転者は下り坂にかかったところ(時速41キロ)でブレーキ操作を行いましたが減速できず、その後、非常ブレーキを使い、追突防止装置の非常ブレーキも作動しましたが、時速46キロで追突してしまいました。

事故後の調査では、軌道モータカーのブレーキには異常はなく、砕石運搬散布車6両のうち少なくとも3両について、 ブレーキ力が大きく低下した状態であったことが確認されました。(残りの3両については損傷によりブレーキ力の測定ができませんでした)

JR東海は、砕石運搬散布車のブレーキ力が大きく低下した状態で走行していた理由として、ブレーキ力が適正か否かを確認するための指標となるブレーキシリンダーのストローク量が、使用停止すべき値になっていたにもかかわらず、使用前にそのことを認識できなかったためとしています。なぜ、使用前に認識できなかったのでしょう?

同社は、2つの原因が重なったとしています。 ①ストローク量の確認は、最大圧力380kPa(10ノッチ)でブレーキをかけた状態で行うべき(保守用車メー カー想定の確認方法)ところ、同社は230kPa(7ノッチ)で実施していたため、ストローク量に14mmの差(短くなる)が生じていた。 ②ストローク量の調整要否の判定において、ストローク量の判定がしやすいように張り付けてあったテープ(幅10mm)の右側で読み取る(判定)すべきところ、同社は左側で判定したため、この10mm分の差(短くなる)が生じていた。 ストローク量の評価は、調整不要、調整要、使用停止の3つに区分されており、本来ならば使用停止の範囲にあったところ、この2つの原因が重なった結果、計24mmの差が発生し、調整不要の範囲にある(調整不要と調整要の境目あたりか?)と判定していたことになります。

ちなみに、①の原因について、ストローク量の確認を行う際のブレーキ力については、説明書に記載がなく、②の原因についても、テープのどちら側で読み取るかついて、同社は保守用車メーカーに対して確認しておらず、説明書にも記載がなかったとしています。

私の個人的感想ですが、テープはシリンダーと制輪子をつなぐ途中のロッドに貼られており、その部分の形状を踏まえると、同社と同様に左側で読み取るのが普通のように思います。また、テープは視認性を高めるために貼られていたようですが、そこには矢印表示はなかったようです。

つぎに対策についてですが、①ストローク量の確認は最大圧力でブレーキをかけて行うこと、ストローク量は数値で確認することをマニュアル等に明文化して、すべての保守用車従事者に教育する、②使用前点検時にストローク量が要調整範囲に入ったことを確認した場合は、ストローク量の調整が完了するまでは当該保守用車を使用しない運用とする(要調整範囲に入った後の運用方法が不明確であった)などが示されています。


原因と対策の概要は以上のとおりですが、私にはいくつかの違和感があります。

まず、本件報告書において、ブレーキ圧やストローク判定の読み取り位置について「保守用車メーカーの想定する方法」という用語が使われていることです。説明書に明記されていなかったことから「想定」という用語を使っている(本来ならばメーカーが規定する方法と記述すべきところ、説明書に記載されていないため想定という用語を使った)ものと考えられますが、この点については、もう少し掘り下げた追求をしていただきたいところです。

ブレーキ力については、なぜ7ノッチで行っていたのか(一般的に考えれば最大ブレーキで確認するものと考えられます)、同社のほかの同種試験は7ノッチが標準なのか(例えば、最大ブレーキは通常運転では使用せず非常ブレーキの時に使うとすれば、通常運転で使用する範囲の最大である7ノッチで測定するという考え方があったのか?)、説明書に記載がないにもかかわらずメーカーへの確認をしなかったのはなぜかなどです。

また、対策の中に「ストローク量は数値で確認する」という項目がありますが、この事故の前までは数値ではなく調整不要、調整要、使用停止の3つのバンドで評価していたものと考えられ、当然、数値の記録も残っていなかったことになります。東海道新幹線の保守という重要な業務において、ブレーキという経時的に値が変化するものについては、その傾向を数値管理するのが一般的と考えますが、同社は他の同種項目も含めて、従来から数値管理をしてこなかったのか、あるいは何らかの合理化策のなかで数値管理を簡略化したのかを掘り下げて検証すべきではないでしょうか?

さらに、今回の事故は東海道新幹線の最も勾配が大きい場所で起きていますが、事故発生前までの使用のなかで、ブレーキの利きが甘くなっていると感じることはなかったのかも疑問です。このようなケースでよく起こりうることは、①ブレーキの利きが甘くなっていると感じたが、ほかの誰かが対応してくれるだろうと思って何もしなかった、②ブレーキの利きが甘いと感じてストローク判定を行った(行ってもらった)が異常がないのでそれ以上の追求はしなかった、③ストローク判定を提言したが受け入れてもらえなかった(スルーされた)という事象です。

私は、何かおかしいと感じて、その原因を放置せずとことん追求するという「こだわり」や「姿勢」が現場の実務者には必要であり、それがこれまでに大きな事故を防いできたのではないかと考えていますので、東海道新幹線の保守の現場でこのような「こだわり」が失われつつあるのであれば、そこにもフォーカスすべきではないかと思います。


近年、さまざまな業種において、高齢化、人材不足、技術伝承の困難化が問題となっています。今回の事故の背景に、このような問題が影響していないか、あるいはこの先その可能性が顕在化することはないか、そういった視点でもこの事故を検証していただきたいと考えています。

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