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日本酒のはなし-1


この物語のなかでは、日本酒、いわゆる「地酒」がいろいろな場面で登場します。その理由は、私自身が大の日本酒ファンだからですが、実際のところ、日本酒によってさまざまな人と出会い、結ばれた縁がとても大切だと実感しているからでもあります。

私は昭和59年に就職しましたが、当時、居酒屋で出される日本酒はほとんどが醸造用アルコールと糖類が添加されたものでした。また、燗酒が一般的で、たくさん飲むと自分が吐いた息を吸い込むとさらに酔いが回るような感じを覚えたものです。ですから、どちらかというと私は日本酒が苦手でした。

そんな私が日本酒に魅せられたきっかけは、『夏子の酒』(尾瀬あきら作)でした。29歳のとき、私は初めての転勤で、石炭ガス化複合発電技術研究組合(IGC組合)へ出向しました。この組合は、常磐共同火力発電所(福島県いわき市)の構内で、石炭ガス化複合発電のパイロットプラントの運転試験研究を行っていて、全国の電力会社や電力中央研究所などからの出向者で組織されていましたが、終業後は日本酒を酌み交わしながら談笑したり、ときには議論をしたりしていました。一升瓶を事務所の冷蔵庫へ入れておくことはできず、書棚などにしまってある日本酒をそのままコップに注いで飲んでいましたから、「冷や酒」ということになります。

ちなみに、「冷や」と「冷酒」が混同されることがありますが、「冷や」は常温で、「冷酒」は冷蔵庫などで冷やしたものです。かつて冷蔵庫がない時代は、お燗か、常温かの二択だったため、燗をつけない酒を「冷や」と呼んでいたのです。一方で、燗酒には日向燗(30℃)、人肌燗(35℃)、ぬる燗(40℃)、上燗(45℃)、熱燗(50℃)、飛び切り燗(55℃)などがありますので、近年のように、気温が体温を上回るような気候では、常温といっても「燗酒」になってしまいますね。

私が所属していたのは技術調整課でしたが、終業後は様々な部署から人が集まってきましたから、夕方にはサロン調整課とも呼ばれていました。

年末年始、ゴールデンウイークなどの連休には、各自が地元へ帰るため、そのような機会には「全国物産展」と称して、各自が帰省先から持ち帰った地酒と名産品で懇親会をしていました。この頃には、私も少し日本酒の知識を増やしていたので、全国各地にはそれぞれに旨い地酒があることを自分の舌で知りました。

こうして、日本酒(冷や)を飲む機会が増えていったのですが、その頃、和久井映見さんが主人公を演じる『夏子の酒』がドラマ化されたのです。この物語は、新潟の久須美酒造が亀の尾という酒米を復活し『亀の翁』を醸した実話がモデルになっていますが、ある日、タモリさんの番組で亀の翁が紹介されました。

是非飲んでみたい! そう思い、亀の翁を扱っているといういくつかの酒販店へ電話をしてみましたが、すでに日本酒ファン垂涎の「幻の酒」になりつつあり、どこのお店からも断られてしまいました。だったら、久須美酒造のお酒を長く扱っている地元新潟の酒販店なら取扱量も多いだろうと考え、久須美酒造へ電話して卸している酒販店を紹介していただきました。そのお店は「買いたいという人が増えているので1本だけ譲ることはできないが、頒布会であれば半年に一本、亀の翁を入れることができる」とのことでした。すでに日本酒にはまっていた私は、早速頒布会に入りました。それから早30年が過ぎようとしていますが、その酒販店とのお付き合いは今も続いています。

さて、当時人気が高かった地酒は、華やかな吟醸香がするフルーティーな味わいのもので、YK35と称される醸造方法(酒米は山田錦、酵母は(熊本)9号酵母、精米歩合35%)が旨い酒の代表とされていました。しかし、『亀の翁』の登場により、山田錦以外の酒米にも関心が寄せられるようになり、当時すでに人気が出ていた「雄町」(「山田錦」は「山田穂」と雄町の系統である「短稈渡船」の交配で生まれました)も注目されるようになりました。今日では各地でさまざまな酒米が開発され、用いられるようになっています。

また、その精米歩合も高精米(30%、28%など)がもてはやされる時期がありましたが、今日ではあえて低精米で造られるものも多く、さらには9号以外の酵母も多用されるようになるとともに、新たな酵母も各地で開発されています。

物語のなかで、日本酒の「五味」として「甘酸辛苦渋」を紹介していますが、現代の日本酒はこの五味の組み合わせでは表現できないほど多様性が大きく広がっています。さらに、飲む温度や開栓後の日数によっても味わいや風味が変化しますので、その魅力を語りつくすことができません。

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