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意識レベルのフェーズ論(フェーズ0~Ⅳ)



物語のなかで、主人公の安田専一は、レジリエンスエンジニアリングを踏まえた新たなヒヤリハット活用制度の導入に取り組みます。「ヒヤリハットは事故の芽ではなくグッドジョブである」という考え方に基づく制度ですが、発電所の幹部会でこの制度について侃々諤々の議論が展開されました。その中で、専一の良き理解者である秋本は、以前に読んだ本に書かれていたとして、人間の意識レベルがフェーズ0~Ⅳの5段階に分類され、クリアな状態のフェーズⅢは脳が疲れやすく長続きしないこと、このため長時間にわたる現場操作では意識レベルがフェーズⅡに下がることはやむを得ないことで、そのような時にヒヤリハットが起きるのであり、ヒューマンファクターとして避けられないと主張しました。

この意識レベルのフェーズ論を提唱したのは、日本における人間工学を草創期から牽引された故橋本邦衛博士(1981年没)であり、この理論は人間の脳とエラー、あるいは信頼性の関係をわかりやすく説明しており、現在に至るまで活用され続けています。

橋本邦衛先生は、その著書『安全人間工学』の中で、「人間が情報処理をするときの信頼性も意識レベルに依存するとみるのが大脳生理学の常識である」として、5つのフェーズに区分されたのですが、その概要は次の通りです。

フェーズ0:意識を失っている状態(無意識、失神)で信頼性はゼロ。

フェーズⅠ:半ば居眠りの状態(意識ボケ、不注意状態)でミスを起こしやすく、信頼性は0.9以下。酒に酔っているとき、ひどく疲れたとき、単調労働中などにフェースⅠが現れる。

フェーズⅡ:ノーマルな意識だが家庭で暮らすときや休憩中のようにリラックスした状態(安静起居、休憩時、定例作業時)。注意は消極的で心の内方へ向かい考えごとなどでぼんやりすることもあり、信頼性は0.99から0.99999(5nine)

フェーズⅢ:積極的に行動しているときの意識。注意は広い範囲にわたり前向きに指向され、情報処理や意思決定が状況に応じて活発に働く。信頼性は0.999999(6nine)以上。

フェーズⅣ:過緊張あるいは情動興奮の状態。活動レベルは高いが注意や判断は目前の問題に吸い込まれ、精神活動は貧弱になる。信頼性は0.9以下で、緊張状態で慌てたり恐怖に襲われると大脳はパニック状態に落ち込み、信頼性はゼロとなる。

また、橋本博士は、この5段階のフェーズについて、5つの性質を示されました。

第1:フェーズからフェーズへの移行は連続的ではなく、ジャンプする。緊張場面でⅡからⅢへ移るが、興奮によってⅣへも飛び上がる。

第2:フェーズⅢは長続きせず、無理に緊張を続けさせると疲労のためにフェーズⅠへ落ち込む場合がある。

第3:家庭生活は勿論のこと、職場でも日常の定常作業のほとんどはフェーズⅡで処理されている。フェーズⅢは作業時間の1/4ぐらいしかない。

第4:毎日の作業開始当初はフェーズの切替がつかず、20~30分間はⅡが続く。仕事のペースに乗るとⅢに切替られ、午前中は1~1.5時間継続できる。その後は緊張や努力を要するときだけⅢになるが、数分程度でⅡに落ちる。ただし、自ら意欲的にやる気を持って取り組むと、Ⅲは最も長続きする。

第5:非定常作業のようにフェーズⅢでないと取り組めないようなときには自分でフェーズを切り替える必要がある。その方法はいろいろあるが、指差呼称もその一つで一呼吸の間を置くことがコツ。リーダーや仲間同士で声をかけ合うのも良い。

私たちは、「フェーズⅢは長続きしない」「日常の定常作業のほとんどはフェーズⅡで処理されている」「作業開始時はフェーズⅡ」などの性質をよく理解し、計器類、機器弁類はフェーズⅡの状態でも読み間違いや見間違いをしないように配慮した設計にするとともに、定常作業の操作手順書もフェーズⅡでも間違えることがないように工夫する必要があります。さらには、自分自身あるいはチームにおいて、必要なときにⅡからⅢへフェーズを移行させたり、フェーズⅣのパニック状態に陥ることを防ぎ、陥ったときにはⅢへ引き戻す術を用意しておく必要があると言えるでしょう。

最後に橋本邦衛博士について少し補足しておきたいと思います。同博士は、1938年に東京大学医学部を卒業し、1947年から国鉄の労働科学研究所に勤務され、三河島事故がきっかけとなって1963年に発足した鉄道労働科学研究所において労働生理研究室長に就かれました。1972年に同研究所を定年退職された後は、日本大学生産工学部教授として若い人材の育成にも尽力されました。1965年に日本人間工学会が創設されると、同工学会の常任理事・副会長、安全人間工学部会長として学会および安全人間工学の発展に大きく貢献されました。

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