「安全文化」というキーワードが産業界で使われるようになると、「自分の会社(事業所)の安全文化は醸成できているのだろうか?」「他と比べて高いのだろうか? それとも低いのだろうか?」そのような関心を持つことは当たり前だと思われます。
物語のなかでは『ふたたび対象ユニット間違い』のなかで、「数年前、火力発電所の安全文化を測定する研究が行われた」として、「発注-元受-下請の三階層間における安全意識」という研究報告書の話題が出てきます。この箇所については、異業種交流安全研究会の2冊目の本『現場実務者の安全マネジメント 命を支える現場力2』において取り上げた「安全レベル・安全活動の見える化」の項で掲載した元火力原子力発電技術協会技術部次長 脇坂悦史氏(現オリックス)の「発注者-受注者-下請負者の安全意識の共有」というレポート記事から引用しています。このレポート記事の元となった研究は2007年頃に火力原子力発電技術協会(火原協)の安全・品質管理委員会が労働科学研究所(現:大原記念労働科学研究所)の協力を得て実施されました。当時、私もこの委員会のメンバーの一員としてこの研究に関わりました。詳細は『現場実務者の安全マネジメント』を参照いただきたいと思いますが、この時に使われた組織の安全文化を診断、評価する手法は、労働科学研究所が開発した「SCAT」がベースとなっています。「SCAT」は診断先の組織の階層を、管理者ー責任者-作業者の三階層に分けて、この三階層間の意識のギャップを測定しますが、火原協の研究では、これを発注者-受注者-下請負者に置き換えて、組織間のギャップを測定しようとしたわけです。管理者-責任者-作業者は、マネジャー(部課長など)-チームリーダーーメンバーという階層になりますが、発注者-受注者-下請負者の場合は、火力発電所におけるメンテナンスや定期点検工事などの施工体制に基づいていて、次のとおりとなります。発注者(電力会社)-受注者(元請=電力会社のグループ会社)-下請負者(協力会社で複数の会社がある)。
物語のなかでは「専一は、当時の報告書をもう一度読み返してみた」として、いくつかのインタビュー記録が記載してありますが、それらはすべて創作であるものの、火原協の研究では当時私も労働科学研究所の研究員が行ったインタビューに同席させていただき、組織間のコミュニケーションのギャップを表明する発言をいくつも聞きました。脇坂氏はレポート記事のなかで、「全階層が参加して双方向のコミュニケーションを図ることにより、安全文化を向上、継続させるものであると言えます」と述べています。「SCAT」は単一組織内の階層間のギャップを測定するものですが、単一組織内でも階層間のコミュニケーションを良好に保つことは容易ではありません。さらに、発注者-受注者-下請負者という組織階層が加わると、そのコミュニケーションはなお一層不安定や表面的になりがちです。火力発電所に関わらず、さまざまな製造産業の現場(工場など)では、発注者-受注者-下請負者という構図が存在していますし、オフィスワークにおいても正規雇用者以外の派遣社員、パート・アルバイトなどで構成されることが多いと考えられますので、同様のことが言えるでしょう。
また、発注者も発電所が異なれば別の雰囲気、文化があり、受注者、下請負者もそれぞれの会社ごとの文化、さらにはそれぞれの事業所ごとの文化が存在します。発電所の安全文化を高め、安全性を高める場合には、発電所員(電力会社の社員)だけが努力してもダメで、実際に作業を行う下請負者の皆さん(作業災害に関わるのも下請負者の皆さんであることが多い)まで含めて、安全文化を捉える必要があります。
その際に必要なことは、階層間や組織間の安全文化の多様性や複雑さを意識することではなく、「皆同じ現場で働く仲間だ」という連帯感ではないでしょうか? 勿論、それぞれの階層間や組織間には、権限の差や役割分担の違いはありますが、互いを尊重すること、相手のことを思いやる優しさがないと連帯感は生まれません。逆の見方をすれば、多様かつ複雑な構成であっても、ひとつの連帯感が生まれることでその現場の安全文化が醸成されていくというものだと思います。下請負者のなかには、発電所の地元の企業や、地元に住んでいる作業者の方も多く、「この発電所を下支えしてるのは自分たちだ」というプライド(矜持)を持たれています。その想いを尊重し、うまく導き出すことも重要です。
『現場実務者の安全マネジメント』の「安全レベル・安全活動の見える化」の項では、電力中央研究所が開発した安全文化診断システムについても触れていますし、そのシステムを元に開発・改良された現在でも使われている診断システムがありますので、次の機会にはそれらをご紹介したいと思います。
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