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安全文化(風土と文化)



「安全文化」という用語は、今日では社会一般に普及しており、標語、ポスターなどでも使われていますし、私たちも安全を議論する際によく使っています。物語のなかでは、運転第一課長の鬼怒原(きぬはら)が、ジェームズ・リーズンが著した『組織事故』から引用して、組織の安全文化を構成する要素として「報告する文化」「正義の文化」「柔軟な文化」「学習する文化」の4つを挙げ、そのなかの1つ「正義の文化」に着目して、エラーを厳しく叱責することの正当性を主張しています。リーズンは「正義の文化」について、言語道断な行為については厳しい制裁が必要だとしていますが、悪意のないエラーを厳しく叱責することが必要だとは述べていませんので、鬼怒原の主張は拡大解釈ということになります。エラーを処罰することの適否については、また別の機会に触れることとして、今回は「安全文化」について考えてみたいと思います。

『組織事故』によれば、安全文化の考え方は1980年から存在し、国際原子力機関(IAEA)が1988年に出した報告書によって正式に認知されたとされています。IAEAは安全文化を「安全に対する諸問題に対して最優先で臨み、その重要性に応じた注意や気配りを払うという組織や関係者個人の態度や特性の集合体」と定義しましたが、リーズンはこれを、理想だけを掲げた母親の説教みたいなものだとして酷評しています。私は、この定義が的確か否かを批評する立場にはありませんので、それは避けますが、私には非常に分かりにくい定義だという印象です。安全文化が組織や個人の態度や特性で成り立っているということはわかります。しかし、安全の諸問題に対して最優先で臨むということは、どこの組織でも、誰でも実施している(つもり)であろうなかで、重要性に応じた注意や気配りを払うということが、できているようで実際にはできていないところに難しい面があります。多くの組織、職場では「私たちは安全を第一にしているし、安全上の重要な問題が発生すれば全力を挙げて対応している」と自負しているのではないでしょうか? ではなぜ事故が起きてしまうのか、なぜうまく対処できないのか、それは「重要度」の見積もりを誤ってしまうからです。よって、この定義では「自分たちの職場の安全文化はまずまずのレベルだ」と考えてしまうかもしれないし、職場のなかで目指すべき安全文化の姿について共通のイメージを持つことが難しいと思うのです。職場で「安全文化を高めよう」といくら連呼しても、メンバーがそれぞれ別々の「安全文化」をイメージしていたら、安全文化が醸成され、高まるとは思えません。ちなみに、リーズンは「有用な定義は、1993年の英国健康・安全委員会によって与えられた」とし、「組織の安全文化とは、組織の健全性・安全性プログラムへの参画、および形式と効率を決定する個人とグループの価値観、態度、能力、行動パターンから生まれるものである」という定義に共感すると述べています。実は、私はこの定義にも納得感が得られていません。なんだか安全文化の醸成プロセスや成立条件を述べているようで、組織が目指すべき安全文化とはどのようなものであるべきかが、今一つハッキリしないからです。

ところで、そもそも「文化」とは何でしょうか? 「安全文化」と対をなすようにして使われる用語に「企業風土」や「組織風土」がありますが、「文化」と「風土」は何が違うのでしょうか? まず、辞書で「文化」を調べてみると「人間が自然に手を加えて形成してきた物心両面の成果」「人類がみずからの手で築き上げてきた有形・無形の成果の総体」といった説明が出てきます。表現は多少違いますが、「形成してきた物心両面の(築きあげてきた有形・無形の)成果」という点がポイントのように思えます。形成する(築き上げる)ためには相応の時間が必要であり、その成果としての文化は少々のことで揺らぐごとはないはずです。

一方、「風土」については、「人間の文化の形成などに影響を及ぼす精神的な環境」「住民の気質や文化に影響を及ぼす環境」というように説明されています。要約すれば、「風土とは文化の形成に影響を及ぼす環境である」と言って良さそうです。良好な文化を築くためには悪しき風土を改め、改革しなければなりません。風土改革の上に文化が成り立つという構図です。

さて、私もこれまでの会社生活のなかで、組織のトップが代わることで雰囲気が大きく変化することを経験してきました。沈滞したムードの職場が一気に活気づいたり、和気あいあいとした雰囲気がアッという間に萎縮したりします。私自身は経験したことはありませんが、安全第一を謳いながら生産性向上やコストダウンに舵が切られるというケースもあるかもしれません。このような例において、その組織の安全文化は果たして「文化」として根付き、確立されたものがあったのでしょうか? トップが交代することで雰囲気が代わり、やがて風土が変わり、新たな文化が築かれることはあるでしょう。しかし、それには相応の時間が必要なはずでず。トップが交代して半年足らずでその組織の価値観や行動様式が変わったとしたら、それはその組織には安全文化が出来上がっていなかったということだと思います。正しい安全文化が組織の一人ひとりにしっかりと浸透していたら、たとえトップが変わって好ましくない方向へ舵を切ろうとしても、その目論見は失敗に終わる。私は、安全文化とはそのようなものであってほしいと思います。

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