これまで、拙著『ストーリーで学ぶ安全マネジメント』のなかで取り扱っている安全に関わるさまざまなテーマについて補足をしてきましたが、概ね一巡しましたので、今回は最後にこの本のタイトルになっている「安全」と「安全マネジメント」について考えてみたいと思います。
物語のなかに、主人公の専一が安全研究会の勉強会で「安全」と「安全マネジメント」について学ぶシーンがでてきます。安全マネジメント推進研究所の岩橋が「安全」の定義を専一に尋ねますが、専一は安全の定義を明確に意識していませんでした。実際、私たちは「安全」を日常的に使っていますが、その定義を真剣に考えている人は少ないと思います。どこの職場でも「安全第一」のスローガンを掲げ、「今日も一日ご安全に!」と声をかけたり、職場の安全をどうやって高めるかについて議論したりしていますが、「安全」についてはバラバラのことを頭の中に描いているかもしれません。岩橋は「広辞苑で『安全』を調べると『安らかで危険がないこと』と書かれている」と紹介した上で、実社会で危険がない状態はあるのかと専一に問います。そして、ISOやJISでは、安全を「受容できないリスクがないこと」と定義していることを紹介します。物語では、安全についての説明をここで留めていますが、この定義は実はかなり難解でわかりにくいように思います。なぜなら、この定義を用いて自分の職場が安全かどうかを判断しようとすると、まずはすべてのリスクの存在が明確に分かっていないことに思い至ると思いますし、次に、いくつかのリスクが判明しているとして、それらが受容できるかできないかハッキリしないからです。職場で災害が発生したときのことを思い出してみてください。「そんなリスクがあったのか!」とそれまで見過ごしていたり過少評価していたことを反省することが多いと思います。また、赤チン災害で済んだ(受容できた)としても、一歩間違えば重症災害(受容できない)に至る可能性があったケースも多いでしょう。転倒災害ひとつを取ってみても、「イテテ」で済むこともあれば骨折したり頭を強く打ったりすることもあります。このように考えると、「受容できないリスクがないこと」という定義では、職場の安全を測ることも判断することもできません。結局「安全とは言えそうにない」ということになりますから、この定義に基づけば、この社会において安全はない(ただし極めて限定的な範囲での安全は存在する)と考えても間違いではなさそうです。しかし、安全が存在しないと私たちの日常生活にはさまざまな支障が生じますから、私たちはリスクに正面から向き合うのを避けたり、リスクはあるだろうが許容できるレベルだと高を括ることをしています。現実化する確率を小さくしたり、大した影響はない、自分は大丈夫と考えるわけです。
一方、近年では「安全」と「安心」をセットで使う例が多く見られます。「安全・安心なまちづくり」のようなフレーズです。このような使い方をしている場合、安全が基盤にあって、さらにその上位に安心があるという構図をイメージしやすいと思います。安全だと言われているけれど安心はできないという、安心の方が成立させるのが難しいという構図です。しかし、安全が存在しないとすれば、安心は安全を基盤としたものではなく、別の評価軸で成立するものだと考えることができます。「安全だと断言することはできないけれど、〇〇〇があるから安心して仕事ができる」というフレーズです。では、〇〇〇には何が入るでしょうか?
その答えを考える前に「安全マネジメント」に話しを進めたいと思います。物語のなかでは、アメリカの「セーフティマネジメント」を「安全管理」と訳していたものの、アメリカでドラッカーが「マネジメント」の新しい概念を定義したことを踏まえ、日本でも「安全マネジメント」へと呼び方が移り変わってきたことを紹介しています。英語のマネジメントは元来は人を服従させるという意味を持っており、日本の安全管理は専らルールを決めてそれを守らせるスタイルが一般的でした。しかし、ドラッカーはマネジメントを「組織をして成果を上げさせるための道具、機能、機関」定義づけしたのです。道具、機能、機関にはそれぞれに様々な解釈があると考えられますが、私は「仕組み」「仕掛け」という解釈がわかりやすいと考えています。それは、組織やチームの構成、モチベーションを高める施策、教育・育成制度などであり、それらを機能させるものです。
さて、〇〇〇に入る言葉には、具体的な例として、リスクアセスメントの取り組みが熱心だから、リーダーが安全に対して真剣に取り組んでいるから、トップが安全への投資を惜しまないからなどが挙がると思います。これらを総じて表現すれば、それは「マネジメント」になるのではないでしょうか?
やや強引なまとめ方をすれば、「安全とは言えないけれど、マネジメントが機能しているから安全性は着実に向上している。だから安心だ」という構図を生み出していくことが安全マネジメントということになりそうです。マネジメントにおいて、PDCAに代表されるサイクルを回すことは必須です。今は許容できるリスクであっても、それは一定してその状態に留まり続けることはありません。常に変化に対応していくことが大切です。
さて、拙著についてのひと通りの解説はこれで終わりにしたいと思いますが、細かい部分を含まてまだまだ補足、解説不足の部分があります。また、あらためて読み返してみると、意見に齟齬があったり、間違いがあるかもしれません、来年以降は、その時々の社会の話題なども題材にしながら、足りない部分や新たな知見や学びについても取り上げてまいりたいと思います。
今年1年、お世話になりました。みなさま、良いお年をお迎えください。
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