事故が起きてから再発防止を考えるという『墓石安全』の取り組み姿勢では、結局、モグラたたきになってしまいます。そこで、次に取り入れられたのが『未然防止』、すなわち事故を予測し、事故が起きないように先手を打とうという向き合い方です。事故を未然に防止すると言っても、そんなに簡単なことではありません。まず事故を予測するプロセスを考えてみましょう。身近なところでは、危険予知訓練(KYT)が行われていますが、みなさんは危険予知をどのように行っているでしょうか? 多くの場合は、知識と経験、すなわち事故や失敗の記憶に基づいているはずです。まだこの世で起きていない、誰も経験したことがない事故を予測することは容易ではありません。そこで、もう少しシステマティックに予測しようという発想がリスクアセスメントに発展していきます。より多くの情報(多くはエラー実績)を用いて予測することで、また、作業手順ごとに細分化して予測することで、想定される事故(好ましくない事象)の数は格段に増えます。ところが、その数が増えれば増えるほど、そのすべてに対策することが困難になってしまい、もしも対策しようとすれば、その仕事はできなくなってしまいます。そこで、リスクアセスメントではリスクの大きさを発生する可能性と発生した場合の影響の大きさから見積もり、対処すべきリスクの優先順位をつけたり、受け入れても良いリスクの特定を行います。更に、事故が人間のエラーによって発生するケースを想定する際には、人間がどのような時にどのようなエラーをするのかという知識が必要となります。ヒューマンファクターズの理解が必要ということです。これに基づいて、人間がエラーしない、あるいはエラーをしても事故にならないような人間と機械の関係を作り上げようと、人間工学が発達していきます。また、ヒューマンファクターズの理解が深まることにより、人間には能力の限界や特性があり、エラーをゼロにすることはできないということが安全を考える際の基礎として認識されるようになりました。このため、チームを組んで、あるいはチームの機能を高めることでエラーを防ぐという発想や、自動化によって人間の関与をなくそうとする考え方が出てきます。一方、事故は機械やシステムの故障によっても発生しますから、それらを構成する部品が故障する可能性や確率に基づいて、二重化したりバックアップ機能を設けるようなシステム設計が行われるようになりました。人間のエラーを招かないシステム設計や、システムが故障しても致命的な事故に至らないようにする設計は、『本質安全化』へと進展していきます。
このように、『墓石安全』から『未然防止』や『本質安全化』へと進歩しても、事故をなくすことはできません。例えば、チームを組むことによってコミュニケーションエラーなどチーム特有のエラーが起きるようになりますし、自動化によってそれが暴走したり、反対にフリーズして、人間による介入ができないまま大事故に至る例が発生します。更には、大地震や台風や大雨による風水害や土砂災害などの自然災害、テロには、備えることはできても、その被害をゼロにすることはできません。
しかし、視点をぐるりと変えてみると、社会では様々なシステムが稼働し、人間が関わっていますが、ほとんど人が安寧な日々を送っています。実際には、それぞれの現場では小さな不具合が数多く起きているはずですが、臨機応変に対処することで何事もなかったかのように安定が取り戻されているのです。そして、大規模自然災害や事故が起きた際に、機転を利かせた行動により、失われていてもおかしくない人命を救ったり、壊滅を免れたりするなど、賞賛に値するパフォーマンスが発揮されたりします。
こうして生まれてきたのが『レジリエンスエンジニアリング』です。(つづく)
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