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ヒューマンファクター


物語のなかで主人公の専一がヒューマンエラーが関わるトラブルが起きた時の調査・分析手法について調べていたところ、定期点検で停止している2号機の操作を行うべきところ、間違えて運転中の1号機の操作してしまい、1号機が非常停止するトラブルが発生しました。専一はこのトラブルの分析を行うにあたり、原子力発電所などで行われている「根本原因分析(RCA)」に用いられている手法に注目しましたが、手法そのものよりも、ヒューマンファクターに関する知識がないと正しい分析ができないことに気が付きます。ヒューマンエラーは、人間の特性や能力の限界に、外的・内的な要因が作用して引き起こされるのであり、その特性や能力の限界とはどのようなものか、またそこに作用する外的・内的要因には何があるのか、それらの正しい知識がないと正しい分析ができないし、効果的な対策も立てられないのです。例えば「注意が不足していた」というひとつの要因があった場合、「だったら十分に注意するという対策でいいね」と安易な対策を立てても意味がないのです。人間の注意力には、長時間維持できない、同時に複数のことに注意を向けられないといった限界があるからです。

それでは、ヒューマンファクターとはそもそも何なのでしょうか? 今回はまずその歴史についてです。

1880年代から1890年代に、アメリカのテイラーとギルブレス夫妻が別々の産業で作業時間と労働(時間と動作)の研究を始めました。またその頃、イギリスのケンブリッジ大学に心理学研究所が創立されました。そして1914年に第一次世界大戦が勃発します。兵士として男性が戦地へ赴くことで生産の大部分を工場経験のない女性が担うこととなったため、生産性を上げるためのヒューマンファクター研究が注目されるようになりました。テイラーの場合、大手の装甲板生産工場の職長をしていたとき、日によって生産性が異なることに着目し、ワークフローを分析して最適化することで生産性を上げることができると考えました。テイラーはその研究成果を「科学的管理法の原則」としてまとめ1911年に出版しました。一方でケンブリッジ大学におけり心理学の研究も戦争中に進展し、戦後、1921年には国立産業心理学研究所が創設されるに至りました。このあたりが、ヒューマンファクター研究の草創期と言えるようです。

その後、1924年から1930年にかけて、アメリカのウエスタン・エレクトリック社のホーソン工場において、労働者の作業効率を高める実験、研究が行われました。工場の何を改善すれば一番効果的かを調査したのですが、その結果、労働者の周囲や上司が労働者への関心を高めることが、物理的要因以上に効果のあることが判明しました。周囲から注目されることで行動が変わり、良い結果を生み出すというわけです。これは現在でも「ホーソン効果」として知られ、これを応用したさまざまな施策が取り入れられていますが、この研究がヒューマンファクターに対する関心を大いに高めることにつながりました。テイラーがワークフローの最適化によって生産性を高めるとする手法を提唱したのに対し、生産性には心理的要素が大きく作用するという側面が明らかにされたことで、ヒューマンファクターの新たな概念が確立されていったのです。その後、1939年に第二次世界大戦が始まると、ヒューマンファクター研究はさらに進展し、今日へと至ります。

ちなみに、アメリカでは「ヒューマンファクター(Human Factors )」と称していますが、ヨーロッパでは「エルゴノミクス(Ergonomics)」を使っており、日本人間工学会では人間工学を「Ergonomics」としています。Ergonomicsは、ギリシャ語で「労働」を意味する「ergo」と「法則、ルール」を意味する「nomos」に「学」を意味する「ics」が合成されたもので、1949年にイギリスのマレル教授が使い始めました。当時のヨーロッパでは労働負担の軽減という労働科学の視点による研究が主流であった点が背景にあります。日本では1964年に日本人間工学会が設立され、英語表記はErgonomicsが使われていますが、その後、同学会に設置された航空人間工学部会は、Aviation(航空)Human Factors Divisuonを使っています。こうして1970年代半ばからヒューマンファクターが日本でも浸透し始めました。当初は「人的要因」や「人的側面」などの用語が学会で使われていましたが、現在では「ヒューマンファクター」に統一されています。

ところで、「ヒューマンファクター」の定義はどうなっているのでしょうか? 実は、ヒューマンファクターの定義には確定的なものがあるわけではありません。物語のなかで紹介している「m-SHELモデル」の原型である「SHELモデル」は、マンチェスター大学のエドワーズ教授が発案したモデルが原点になっていますが、エドワーズはヒューマンファクターを「システム工学の枠内において、人間科学を系統的に応用し、人間と人間活動の関係を最適化すること」としました。また、ヒューマンファクター研究の大舞台となった航空分野では、国際民間航空機関ICAOが、「人間特性を適切に理解することにより、人間とシステム系との安全な関係を構築するために、航空機の設計、免許制度、訓練、実運航や保守管理に適用されるものである」と定義しています。日本の場合、日本ヒューマンファクター研究所が2000年に定義した「機械やシステムを安全に、かつ有効に機能させるために必要とされる、人間の能力や限界、特性などに関する知識や、概念、手法などの実践的学問である」という例がります。

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