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執筆者の写真代表 榎本敬二

ヒヤリハットとハインリッヒの法則(その2)



前回、ハインリッヒの法則を踏まえて、「重症災害を減らすために、ピラミッドの頭だけを削ることはできず、ピラミッド自体を小さくしなければならない」と述べました。ピラミッド構造で表現されることが多いハインリッヒの法則ですが、実際にこの比率を平面図で表現すると、ピラミッドとは全く異なる図形になってしまいます。3次元の体積で表現すれば、少しはピラミッド構造に近くなるでしょうが、いずれにしても、1件の重症災害をなくすためには、底辺にあるヒヤリハットやさらにその下に潜在している不安全行動や不安全状態を何百と減らさなくてはなりません。これはバードの法則でも言えることです。もしもある職場で昨年度1件の重症災害が起きていたとして、今年度はそれをゼロにしようと思えば、数百件あるいはそれ以上のヒヤリハットや不安全行動、不安全状態に対処しなければならないわけです。これは、あくまで理屈をこねているだけですが、それだけの努力をしなければ、重症災害を減らすことはできないと考えるべきだと言っても過言ではないでしょう。現実的には、これはとても大変なことです。例えば、不安全状態を解消するために設備(ハード)対策をしようと思えば、相応の費用が必要となります。このため、ハード面の対策ではなく、ソフト面の対策として、注意喚起のメッセージを発したり、表示をする、ルールや手順を追加して対策するということが良く行われます。しかし、このソフト面の対策の効果は限定的で、対策したとしてもリスクをゼロに近づけることはできません。このように考えると、実効性のあるヒヤリハット報告活用制度(ヒヤリハット活動)を運用し続けることの難しさがわかると思います。

「ヒヤリハット活動に熱心に取り組んでいるのに重症災害が起きてしまった」「本当にこの活動に意味はあるのだろうか」このような悩みはつきものです。前回「被害の程度は確率的なもので、重症災害に至るか軽傷で済むか、あるいは無傷で事なきを得るかは制御できない」と述べたとおり、災害が軽傷ですむか重症に至るのかは確率的なものですから、1件の重症災害が起きたからといってただちにヒヤリハット活動に否定的になる必要はありません。

課題は、いかに多くのヒヤリハットを収集し、それらを活用するかということです。ヒヤリハット活動では、ついつい報告件数を競いやすいのですが、大切なことは報告件数ではなく、報告に基づいてリスクを低減した件数やリスク低減量です。「せっかくヒヤリハットを報告したのに、何もフィードバックされない。スルーされた」ということでは、活動はやがて停滞していってしまいます。しかし、件数を集めることも重要ですから、いかに報告しやすい制度をつくるか、仕組みを導入するかは知恵を出さなければなりません。前回紹介したとおり「免責制度」をはじめ、想定ヒヤリなどの制度化や工夫が必要です。多く採用されている仕組みとしては、匿名による報告を認めるというものがあります。ところが、普段文章を書く機会が少ない請負作業者の場合は、報告内容が不鮮明だったりして、もう少し詳しく聞かないとリスク低減に結び付けられないということも考えられますから、匿名による報告は深掘りができないまま放置せざるを得ないケースも出てきてしまいます。一方で、本書の中でも記述したとおり、請負作業の場合は、会社が定めた請負契約要綱などでペナルティが規定されており、事業所の一存では免責ができないというハードルも存在しています。本書のなかでは、「ペナルティの対象とならないものを報告する」「報告は請負者で組織する安全協議会の事務局が受け取り、発注者(発電所)へ報告する際にはコメントを付記できる」という仕組みとしましたが、さらに実効性が高い制度や仕組みを導入している例もあると思います。そのような好事例については、是非、社会に向けてオープンにしていただきたいと思います。

次に、報告に対するフィードバックについてですが、報告のあった現場を確認しに行ったけれど「危ないとは思えない。問題はなさそう」といって放置してしまうことはないでしょうか? 私も発電所勤務のときに、ヒヤリハット活動の事務局をしていて経験したことがありますが、たとえば、請負者からの「現場が暗い」という報告に対し、若い部下が現場を確認しに行っって「十分な明るさがありました」と報告してくる例がありました。それは請負者作業者の報告が間違っていたのでしょうか? 発電所の場合、通常は節電灯を消灯していて、現場巡視や請負者から申請のあった場合のみ点灯するようにしています。このため、報告のあった現場を確認する際、節電灯を点けてから現場へ行ったのでは、条件が異なることになります。また、請負者から節電灯を点けてほしいと要請があっても、それは作業エリアに限定して点灯するため、作業エリアへ行き来するルートは暗いこともあり得ます。勿論、天候や時刻によっても異なるでしょう。さらには、請負者が高齢の場合、人間の視力や明暗順応は年齢と共に低下しますから、若い人とは感じ方が異なります。高齢者の場合、視野も狭まりますし、暗いところでは視力が大幅に低下しますから要注意です。また、請負者は、荷物を持って移動することも多く、荷物のサイズによっては足元が見えづらいこともあります。このように、請負者からの報告については、請負者の立場になって、請負者に寄り添って、ヒヤリハットを取り扱うことが重要です。

実効性の高いヒヤリハット活動を継続することは容易なことではありませんが、この活動を継続することで、職場の安全文化は確実に高まっていきます。特に、ヒヤリハットはグッドジョブであるという視点で取り組みを継続すると、メンバーが相互に相手のことをリスペクトするようになります。また、すべての人を対象として実施することは難しいのですが、受け入れてもらえる対象に限定して、ヒヤリハットの報告にあたり、事象を記載するだけでなく、なぜヒヤリハットが起きてしまったので、なぜヒヤリハットで済んだのかを簡単で良いのでなぜなぜ分析をして報告するようにすると、背後要因分析のスキルも身についてきます。このような相乗作用が生じるようになると、活動が活性化するだけではなく、実際に事故やトラブルを防止できるという好循環に入ることができると期待できます。

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