2015年頃だったと思いますが、あるとき中部電力から名古屋大学へ出向し、同大学の減災連携研究センターで准教授をしているT氏からの要請で、「本音の会」に参加することになりました。当時、私は碧南火力発電所(国内最大の石炭火力発電所)で技術部長をしていましたが、「本音の会」で同発電所のBCP(事業継続計画)について話してほしいとの要請でした。詳しく話しを聞いてみると、どうやら参加者に向けて講演を行うという趣旨のものではなさそうでした。そこで、自分が話しをする前に2回参加させていただき、「本音の会」の様子をうかがうことにしました。「本音の会」は毎月1回開催されており、私が傍聴させていただいた際には、某ライフライン系企業の事業所長が同所のBCPについて話されましたが、「本音の会」の座長で減災連携研究センター長(教授)をされている福和先生から、次々とBCPの不備や弱点を指摘されて、回答に窮する場面を目の当たりにしました。
私は、2006年に本店火力部に勤務した際に防災や危機管理を担当し、各火力発電所の大規模地震対策を充実・強化するための基礎となる大規模地震対策要領を策定し、その後、私自身が碧南火力発電所の業務課長になった際には自身の発電所の対策要領(BCP)の充実にも取り組んだことから、BCPについて話しをすることにはある程度自信があったのですが、「本音の会」の様子を見て、正直これはマズイ!と思いました。しかし、自分の出番が直近に迫っているなかで、今さらBCPの見直しを行うことはできません。そこで「発電所のBCPはしっかり出来ています」というスタンスではなく、「まだまだ弱点がいろいろあります」という報告にすることにしました。実は、私自身もBCPの構築を行うなかで、いくつか弱点には気が付いていたのですが、当時、発電所単独では解決できない(例えば、地元行政の理解を得る必要がある)ことも多かったのです。結局「本音の会」では、発電所のBCPの整備状況に加え、弱点も報告することで何とか乗り切りましたが、その場には行政も参加しており、行政サイドの理解を得ることにもつながりました。
ここで「本音の会」についてご紹介しておきたいと思いますが、会の基本ルールに「嘘はつかない、話せないことは黙る、会の議論は口外しない、議事録は残さない」というものがありますので、ここでは公表されている範囲で解説させていただきます。この会は、2014年に発足しましたが、参加メンバーは、国(内閣府、地方整備局、海保等)、愛知県、名古屋市はじめ市町村、ライフライン事業者(電力、ガス、水道、石油等)やインフラ事業者(鉄道、道路、港湾等)に加え、企業については、製造業、素材産業、建設業、金融・保険、小売り、コンサルタントなど多岐にわたっています。
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では、BCPの不備や弱点とはどのようなものでしょうか?
簡単な例としては、事業所で使用している車は災害時の活動に使用することを前提しているものの、その燃料の補給については十分に考慮されていない(例えば近隣のガソリンスタンドと災害時協定を結んでいないなど)、4輪駆動車ばかりで液状化した構内を走行できないというものがあります。災害時にはガソリン車よりもディーゼル車の方が燃料を調達しやすいというケースもあります。では車の燃料は製油所や油槽所からガソリンスタンドへどうやって運ばれるのでしょうか? 勿論ローリー車で運ぶわけですが、ローリー車やその運転手は製油所や油槽所に常駐しているわけではありませんので、運転手がローリー車の駐車場まで行き、そこから運転しなければなりません。しかし、その駐車場が津波や液状化の被害を受ける場所にあると、稼働できるローリー車の台数が減ってしまいます。また、製油所側も近くの国道が緊急輸送道路に指定され、優先して道路啓開されることになっていても、製油所の出口から国道をつなぐ市道の啓開が行われなければ、ローリー車を送り出すことはできません。
「本音の会」で検討の対象にしているのは、南海トラフ地震のような被害が甚大で広範囲かつ長期に及ぶ災害ですが、既存のBCPは長期戦が想定できていなかったり、隣県からの応援や代替を前提としていたりする場合が多く見られます。
また、ほとんどのライフラインは相互に依存することで機能できる関係性があります。たとえば、火力発電所は電気、燃料、水(工業用水)、海水がなければ発電できません。その燃料の受入、工業用水の送出には電気が必要です。また、燃料の受入には港が安全に使えることが条件になりますが、火力発電所では港湾BCPのことを理解していません。製油所なども同様の関係性がありますが、このようにライフライン事業者が相互に依存している相手側のBCPの内容を理解していないため、「(過去の災害事例を踏まえて)電気は〇日後に復旧する」という前提で自所のBCPを構築しているケースがあります。
長くなりましたので今回はここで一旦中断し、この先「本音の会」とその後継として現在運営されている「産業防災研究会」についてご紹介していきたいと思います。
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